オーディブルで、「ソロモンの偽証」 宮部みゆき著の話を読んでいました。
その続きが知りたくて、今、紙の本を注文中ですが、なかなかきません。
そこで、サブスクの配信から、その話の映画を見つけ、家族で観ることに。
その映画で、心に残ったのが、「生きることを選択した。そして、生きることにした!」と主人公が強く言っていたことです。
生きることを選択する、一見すると、とてもあたり前のことのようです。
しかし、ここには、自分の非に正面から向き合う辛さがあります。
その自分の非は、もしかして大事な友達の死に関係した、というようなときにも。
罪滅ぼしのために死を選ばず、大変だけど、自分の非を正面から捉えながら逃げることなく生きていくことを選択したのです。
7つの習慣の「主体的に生きたナチスドイツの迫害にあったユダヤ人」のことを思い出しました。
大事な人を助けられなかったという自分の責任を感じますが、そこで、生きることを選択した。
亡くなった人は自分で死を選択した、
彼女はその時、自分の非もあったのですが生きていくことを選択した。
生きること、死ぬこと。
自分の罪の罪滅ぼしのために、自分のしたいことをあきらめる。
これも結局、相手を恨んだ人生になってしまいます。
また、自分の人生は自分の責任となっていません。
相手を恨んだことになり、、自分の人生の選択権を放棄しています。
自分の人生は自分の責任。
責任をとって、自分で選択をして、自分の人生を歩いていきたいですね。