自分の人生は自分の責任。
当たり前のことですが、この言葉を、本当に落とし込むのにはむずかしいのではと思います。
一万回、この「自分の人生は自分の責任」の言葉を口にすることで、自分の中に刻み込まれるそうです。
私のコーチからすすめられた本の中に、この斎藤一人さんが書かれたこの言葉がありました。
1万というのは、人間にとって大事な数なのでしょうか。
前に勝間和代さんのサポートメールで、1万時間勉強すれば、自分のものとしてその技術や知識が身につくとありました。これは余談ですが。
「楽しみを作るのも自分」ということばを聞きました。
自分の人生は自分の責任なのだけれど、その裏返しで、自分の楽しみは自分で作るということといってよいのではないでしょうか。
これってワクワクしませんか。
楽しみや幸せは、自分でつくるもの。
周りの環境に目を配り、周りの人間関係がうまくいくように心を配って生活している人の中で、自分の楽しみは後回しにしている人は、少なくないのではないでしょうか。
時間的にも、今日、この仕事が終わったら、家族のために動く時間が終わったら、自分の楽しみの時間。
そう、そのために仕事を効率よくすませたんだ。
さあ、街へ繰りだそう!
このように自分の楽しみが、働くために、周りの人のために動くというモチベーションになっているのでしょうか。
実はこのように、生き生きと自分の楽しみのために、一日を人生をカスタマイズして動けるなら、幸せいっぱいで素敵です。
自分の楽しみっていったい何だったのか
問題なのは、自分の楽しみを自分で作り出すことを忘れてしまっていることがあることです。
自分のために使えるまとまった時間ができた。
その時間は誰のことも心配しなくてもいいし、仕事の進捗も考えなくてもいい時間です。
それなのに、自分の楽しみはなんだったのか。
とりあえず、自分が気に入っているカフェでお茶を飲む。
ぶらっと買い物に出かける。
うーん、何か違うことじゃないのか、私の楽しみって。
こんなふうに何をしてすごせばいいのかわからなくなってしまった場合、その言葉が生きてくるのです。
「楽しみを作るのも自分」 という言葉が。
誰かからお誘いがあって、それに出かけたら、とても楽しかった!
それもいいです。
そうやって、自分以外の人からの声掛けや誘いも本当にうれしい。
ただ、自分で自分の楽しみを作れるんですよ。
いや、自分しか、自分の楽しみを作れない。
自分の楽しみを作るのは自分。自分の幸せを作るのは自分。
誰かからもらえるのを待っているのではないのです。
ワクワクするけれど、少し厳しい。
厳しいから、手に入れられたときは本当にうれしくて自分が誇らしいし、幸せでいっぱいなのではないでしょうか。
「自分の人生が自分の責任」であるのと同じように、楽しみは自分で作る!幸せは自分で作る!
先日見つけた、父が書き残していたメモを、思い出しました。
「倖せは創るものです。
壊れそでもろいから、大事に大事に育てていくものです。
幸せは、向こうから訪ねてきてはくれない。」